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よもや話|十勝・帯広の不動産なら地域密着【有限会社帯広ドットコム】 blog02

ホテル業

あまり公にはしておりませんでしたが、ホテルの経営に携わっておりました。

そう携わってから、丸4年が経ちました。

”帯広市内で売ってほしいホテルがある”そんな依頼があり、このホテルの買主を探すことが、今思えば、ホテル業界と深~くかかわるきっかけとなりました。

ホテルが不動産投資物件とみることはなかったのですが、ホテルを借り上げて運営してくれる会社の存在を知り、認識が変わりました。

ホテルは利用するものという固定観念が、不動産投資としてみると、実に、高利回りの投資対象に変わりました。ホテルを購入し、その不動産を運営会社に借り上げてもらい収入を得る。

ホテルの売買は、アパート1棟売りと同様、扱うことができる。。そんな認識のもと、このホテルを投資物件として、我々の取引のある方に買ってもらおうという考えになりました。

ちょっと、横道にそれますが。。。

ご存じのルートイン、東横イン、コンフォートホテル、スーパーホテル、アパホテルなどの全国展開しているホテル会社のも、借上げ運営している会社で、ホテル建物自体の所有者は別の方になっているケースが多いことを知りました(直営で所有されているものも一部あるようですが、借上げして運営している建物の多いということでした)。

どうやったらあんなに沢山のホテルを所有できるんだろうか?と思ったこともありましたが、ホテルには投資物件とて沢山の方が所有されているということで、謎が解けました。。。

そうそう、売却依頼を受けたホテル。より高く借り上げてくれる運営会社に目星がついたので、、投資物件として当社の取引のある賃貸オーナーに所有してもらいました。

運営会社の年間借上げ賃料は、毎月200万円。高利回りの不動産投資になりました。借入返済、固定資産税を払っても、毎月の手残りはかなりの額になります。

そんな机上の計算もスタートして4か月目で、狂い出しました。その運営会社の賃料の支払いが遅れだし、未払いが発生。そして、半年ごには、頓挫という事態になりました。

オーナーへは、我々から立替で送金しておりましたが、毎月200万円の立替も、あっという間に1,000万円近くのお金が会社から出ていきました。当時創業7年足らずの我々の会社に重い負担としてのしかかっておりました。。

”ヤバイ”

リスクに気づきます。リスクどころか、私の会社もとぶかもしれない。。。

時すでに遅し。。

”倒産”するかもしれない。。

まさかこんなことが起きるとは、想定外でした。

”はまったなぁ”

買って頂いたオーナーに迷惑を掛けることはできないなぁという気持ちと200万円の立替を何とかしなくてはならないという気持ちとで少々滅入っておりました。オーナーには、現状をお話しし、オーナーが毎月、持ち出しの出費がない最低限の補てんはしていくことを約束し、毎月の返済分と固定資産税分、合わせて130万円として、仕切り直しとなりました。このホテルの借り入れの返済が終わるまでの8年の約束。

”ホテルを回すしかない”と腹を決め、自分たちで運営することなりました。

やったことのないホテル運営。

お客様第一とか、世の中のためとか、そんな高貴な動機などまったくなく、ただ毎月130万円のお金のためだけの目的に始まりました。

幸い、破綻した運営会社で雇われていたホテルのフロントとベットメイクのスタッフは、そのまま残ってのリスタートとなりました。

そうはいっても、世の中そんなに甘くはありません。。

130万円の利益どころかさらに、毎月、200万円前後の持ち出しがでるという事態になりました。

12月、持ち出し。

1月、持ち出し。

2月、持ち出し。

”まじめにヤバい”

あぁ。。翌月越せるだろうか。。

立て替え分と、食い込み分で、追い込まれておりました。会社ってこんなふうに潰れていくのか。。。と諦めの境地で思いながら、ホテル経営に際して、次の策もなく、ストレス全開で時間だけが過ぎておりました。

そんなタイミングで、2月にフロント業務での使い込みが発覚。ダメなときは全てがダメなもんです。怒る気持ちにもなれず、解雇させるも、次のスタッフがなかなか求人してもこない。。

“窮すれば鈍する”

正常な判断。。できません。

そんな時、1本の電話がありました。

“社長、朴です”

そう、10か月前に私を訪ねてきれくれた人からです。話すと長くなるので、朴のことがわかる以前書いたブログリンクしときます。そんなつながりのある人です。そのブログに書かれているようにメールの連絡があった後、家族を連れて日本に移住を覚悟し、僕のところにあいさつに来られました。東京で韓国の銅管を流通させる仕事で独立されると自信に満ちた顔で再会となりました。10か月経ってどうなっているのかなぁと思っておりましたが、電話が来たので

“朴、銅管の仕事はうまくいっているのかい?”

“••••••••••”

うまくいっていない様子を察しました。

“朴、今、何の仕事して生き延びているんだい?”

“東京で運転手してる”

“そうか、食えてるんだったいいな”

“イケハラ、そうなんだけど••••”

家族には心配するので話していなかったようでしたが、知り合いの韓国人が経営するデリヘルの運転手をして、何とか生計を立てておりました。

そっちの運転手か。。。まぁ、そんな人のことを心配するほど、自分にも余裕はなかったのですが、私同様、厳しい状況でした。

“いつまでもこの仕事はしたくないなあ”という朴の嘆き。

人員不足で困っていた私。

渡りに船でしょうか。

”朴、一緒に働かないか”と私。

朴にはホテルの立て直しのこと、働くスタッフがいないということを話し、この事業の再生を手伝ってくれないかとお願いしてみました。

私は、自分本業の不動産に専念して、ホテルの経営を支えていく。朴はホテルの運営の再建していく。ホテルのことは、人事含め全て任せるということを約束し、仲間に加わりました

きれいごとなどありません。

”全てはお金のために”

このホテル運営における我々の経営理念です。

朴は、粗削りにバッサバッサ、経費の削減行っていきました。スタッフの給料の減額、パート職員の方の労働時間短縮、取引業者への依頼する様々な単価見直し交渉、削れるところは削って、できる限り支出を抑える体制にしておりました。そうするしかなかったのが追い込みの入った我々の現状だったのかもしれません。

”全てはお金のために”

義理、人情など全くありません。

数か月後、毎月の持ち出しがなくなります。

V字回復。

かっこよく言うとこういうことになるのですが、強引に出ていく経費を最小限にした結果、そうなっただけでした。

漫画のような話ですが。。。そんなことがありました。

それから4年経ち、世の中の風向きも変わります。

現状のままでも、ホテルの経営がまわる状態の上に、いい風が吹き出します。

インバウンドで、訪日外国人の増加。我々のホテルにも外国人の利用が増え出します。団体の中国人の利用。海外から個人旅行の利用稼働率も年々上がりました。数年前の状況がうそのような状況となっております。

昨年、オーナーの事情などもありホテルを違う方に所有させ、その後自社での保有としました。

ホテル業界、全国的に活況です。帯広市内のビジネスホテルも、全てのホテルが高稼働しております。また、ホテルの売り買いも盛んです。帯広市内でも、この3年くらいの間に、少なくとも大きなホテル4つは売買されました。

そんな流れの中で、昨年、”ホテルを売ってほしい”。。そんな依頼がありました。

そのままでも、利益が上がる収益物件として回っていましたので、迷いましたが、本業の不動産業を強化しようと思い、ちょうど1年前、売却することにしました(ちなみに、初期に食い込んだ運転資金の立替え、改装やテレビ、ウォシュレット、カーテンなどの入れ替え費用を差っ引くと、さほど売却により利益はありません)。

それから1年。紆余曲折ありましたが、本日、売却の契約を交わし、手付金の受領となりました。このビジネスから離れる寂しさもありますが、資本力のある会社にバトンを渡した方が、ホテル経営はうまくいくと判断し、私の役割もここまでとしました。

朴との共同事業も、決済までまだ少しありますが終了となります。

朴も、新会社の社員となり、それぞれの門出となります。

掲げてきた2人の経営理念。『すべてはお金のために』も、残すところあとわずかで消滅となります。。

この薄っぺらい経営理念のもと頑張ってきましたが、皮肉にも、僕たちに残ったものは、お金ではなく、苦境を乗り越えたちっぽけな自信と、その中で経験させてもらった数々の思い出だったでしょうか。

私が携わった間、ホテルを支えて頂いた沢山のスタッフの皆様にも感謝しております。

また、お金を使い込んで解雇したスタッフ。家賃を踏み倒して行ったホテル運営会社。想定外の出来事に、我慢強さを教えられました。未熟な我々には必要な授業料だったと思っております。

3月31日。

本日、ホテル経営からの卒業です。

  • 2017年3月31日(金)
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